Interview

危機意識とオープン・イノベーション

伝統的な大企業がどのようにオープン・イノベーションに取り組んでいるのか、帝人で新規事業を担当しているデジタルヘルス事業推進班に話を伺った。

オープン・イノベーションという言葉は、最近ではよく耳にする言葉となった。テクノロジーの発展に伴い、新規事業やスタートアップと大企業が自社の強みを活かしながら一緒にサービス開発を行う取り組みだ。しかしながら、こういった取り組みは何もここ最近始まったことではない。中でも帝人は日本国内でも古くからオープン・イノベーションを取り組んでいた大企業の一つである。今回は、伝統的な大企業がどのようにオープン・イノベーションに取り組んでいるのか、帝人で新規事業を担当しているデジタルヘルス事業推進班に話を伺った。


―(編集部)まずはデジタル事業推進班の事業内容についてお聞かせください。

濱崎氏)デジタルヘルス事業の元々の始まりは、当社が、マテリアル・ビジネスとヘルスケア・ビジネスの2つのビジネスに注力していく中で、デジタル・ITを絡めることで、新たな事業を生み出す、あるいは、既存ビジネスのやり方を大きく変えていくという全社の戦略デザインの中で始まりました。私達はヘルスケア ✕ デジタルで新しい事業を生み出していこうというチームです。まず、土地勘のある在宅医療の分野、特に睡眠領域でデジタルを活用して、未病や予防までターゲットを広げた新規の事業企画、サービス企画に取り組んでいます。

―世界ではデジタル企業が既存ビジネスを脅かしていますが、貴社のデジタル化に関する取り組みや課題について教えてください。

濱崎氏)これは大きい課題ですね。当社も、マテリアルやヘルスケアなどの既存ビジネス領域 ✕ デジタルでビジネスを広げようとしているわけですが、既存ビジネス領域では、”確立された進め方”というのがあるわけです。そこで事業を進めている人たちは、その”確立された進め方”に慣れ親しんでいます。そういった人たちに、いきなりデジタル化を絡めた、新規事業の企画、新しいビジネスモデルに取り組めと言っても、マインドとして、正直、なかなかついていけないところもある訳です。

―(編集部)とはいえ、デジタル・ジャイアントなどのテクノロジー・カンパニーが攻めてきていますね。

濱崎氏)私たちが取り組んでいる、ヘルスケア領域にしても、グーグル、アップルといった大手から、技術特化したスタートアップまで、様々なテクノロジー・カンパニーが、色々な形で業界に参入してきています。既存のビジネスフィールドがデジタルによって変わっていく、場合によっては、既存ビジネスが壊されていくことに対する危機意識を持っています。当社でも、特に経営トップからすると、ものすごく危機意識を持っていると感じています。私たちのチームも現社長のトップダウンのもと、ヘルスケアの知見を持っているメンバーと、デジタルの知見を持っているメンバーを集め、専任組織として形成されました。既存事業に対しても、何らかのインパクトのある形での事業を生み出していきたいという思いで取り組んでいます。

帝人株式会社デジタルヘルス事業推進班 班長 濱崎洋一郎氏

―トップダウンで形成されたチームというのがキーなのかもしれないのですが、組織的にも動きやすいですか?

濱崎氏)これは両面ありますね。もちろん、動きやすい面はありますが、トップダウンのもとにチームをつくったからといって、組織が、マインドが急に変わるか、というとなかなか変わらないものです。ということで、私たちも既存事業のチームと一緒になって事業化に取り組むなど、事業化を進めるとともに、組織の変化を促そうとしています。

例えば、先日、リリースした「SleepStyles睡眠力向上プログラム」という企業向けのサービスがあります。これは、企業の従業員の方々の睡眠力を向上し、生産性向上、メンタルヘルス対策等に役立てて頂こうというサービスです。私たちデジタルヘルスのチームで企画開発してきた、コーチングアプリ、ウェアラブルデバイスと、既存事業で展開している睡眠時無呼吸症候群の簡易スクリーニング検査を組み合わせたサービスになります。企業の産業医の先生のご協力が必要になりますが、医療機器を使った検査を組み合わせることで、睡眠時無呼吸症候群のリスクが高い従業員の方から、病気まではないけれど眠りに課題がある方、しっかり休むことを通して、更にパフォーマンスアップを図りたいという健康な方まで、総合的なご支援をご提供するサービスとして企画しました。医療機関向けに在宅医療機器を展開してきた既存事業の知見と、一般コンシューマ向けにデジタルサービスを展開してきた私たちの知見を組み合わせた、帝人らしいサービスになったのではないかと考えています。4月にリリースしたばかりですが、既に、ファーストユーザが決まり、様々な業種の企業様からお問合せ頂くなど、幸先良いスタートを切っています。

―(編集部)デジタル系に特化したチームのミッションや取り組みについて教えていただけますでしょうか。また、既存ビジネスのチームとデジタルの融合チームによる成果(ビジネス的な成果だったり、組織文化の変化等なんでも結構です)について教えて頂けますでしょうか。

濱崎氏)組織の壁は当然感じますし、大変です(笑)。「そんなことやって既存のお客様に怒られたらどうするんだ!」というような事を言われたりすることもあり、説明や対応など、やらないといけないとことはたくさんありますね。ただ、しっかりと意図を説明すれば、タッグを組めるのも当社のよいところなので、上記の「SleepStyles睡眠力向上プログラム」のような企画を、広げていきたいと考えています。

また、全社的なデジタルリテラシーをあげるため「スマートプロジェクト」という取組みも進めています。こちらも、現場の了解を取っていくのはそれなりに大変ですが、現場にも危機感があるので、共通理解を取りながら進んでいっています。世の中的には、デジタル人財の不足が言われていますが、一朝一夕では育たないのも現実なので、デジタル人材の育成に関してはまだまだ課題が存在すると思います。

―(編集部)スマートプロジェクトについて詳細について教えてください。デジタル人材育成に関しての最も大変だと思う困りごとなど教えて頂けますでしょうか。

濱崎氏)帝人は今年で100周年です。過去を遡ると歴史的に数々の新しいことにチャレンジしてきた会社なんです。デジタル化についても、先日、『攻めのIT経営銘柄2018』に選定されましたが、全社の情報基盤にしても、ヘルスケア領域でも、先進的な事例にどんどん取り組んでやってきました。

ただ、AI、IoTの適用など、世の中の事業動向、技術動向がどんどん加速されていますので、これまでと同じように取り組むだけでは、どんどん取り残されていくという危機感もあります。企業30年説と言われる時代なかで、次の100年を生きようと思えば、私たちも変わっていかなければならないと思います。繰り返しになりますが、トップレベルはその危機意識が強いという印象を持っています。さらには現場にいる若手も、今のままではまずいとい声を良く聞きます。一方、私のようなミドルマネジメント層は既存のやり方や、組織を守る側になりがちだというのも、新規事業企画を進める中で、既存組織のマネジメント層と話をする中で感じることも、正直言ってあります。けれども、組織を大きく変えていくためには、ミドルマネジメントを動かさなければならないのも事実なので、そこを変えていけるような動きをしていかなければならないのだろうなと感じています。

―(編集部)そういう社内の折衝も含めて四年もやっていることは圧巻ですね。

濱崎氏)当然疲れますよ(笑)よくチームのメンバーに言っているのは「新規事業企画は中腰でいるようなものだ」ということです。立ち上がっていないし、座って休んでしまうと終わってしまいます。何年もやれるものではないでしょうから、ある程度のところで、事業テーマとしては、立つのか座るのかを決めるというのは必要だろうなと、個人的には感じています。

―(編集部)それでも前に進めるエネルギーの源泉となるものは何ですか?

帝人株式会社デジタルヘルス事業推進班 出井丈也氏(左)と濱崎洋一郎氏(右)

出井氏)私達は現場で想定されるユーザーとお話する機会が多く、そうした会話から新しいビジネスのタネやヒントが生み出されます。ユーザーの感じている課題や困りごとを目の当たりにするので、それらを解決する手段を生み出していけると感じる場があると、次のモチベーションにつながっている。その感度が高ければまだまだ頑張れると思います。

濱崎氏)ただ、新陳代謝は必要だと思います。中腰に慣れてしまうのもまずいと思っています。人の新陳代謝という点では、既存事業と私たちのチームの間では、人材交流を進めています。帝人という会社の中では、ちょっと変わった事業企画のやり方や、スピード感を経験してもらって、元のビジネスフィールドに戻ってもらっていく形です。ちょっと遠回りな取組みに思われるかもしれませんが、会社や組織を変えていくためには、オープン・イノベーションのような社外との取組みと同時に、人財ローテーションのような地道な取組みも、やはり必要だろうなと思うところです。


編集後記

今回、大企業がかかえる多くの課題などを見受けつつ、それを突破するための”攻略法”を垣間見ることができた気がする。帝人は今年で100周年を迎える巨大企業である。継続的なビジネスを成功させている企業には共通点があり、それは変化する会社であるかどうかだ。帝人は創業時からのベンチャー基質が強い企業でもあり、様々な変化を成し遂げて成長してきた企業である。

“最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残ることが出来るのは、変化できる者である。” イギリスの科学者ダーウィンが述べたとされる「適者生存」と呼ばれる有名な言葉である。ヒトや組織、そして企業は、真に危機意識を持った時に変化を遂げることができ、次の時代に生き残れるのかもしれない。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。